「いらっしゃいませの圧」

日常の不思議

「悠。コンビニの“いらっしゃいませ”って、たまに人生より元気だよね」

 放課後、商店街のコンビニに入った瞬間、春が言った。

「比較対象がでかいな」

「だって聞いて。今の店員さん、“いらっしゃいませぇぇぇ!!!”って、ほぼフェスだったよ?」

「コンビニをライブ会場みたいに言うな」

 自動ドアが閉まる。

 冷房の風と、揚げ物の匂いと、妙に元気な挨拶が店内を漂っていた。

 レジの奥では、店員のお兄さんがものすごく爽やかな顔で商品の補充をしている。

 春はおにぎりコーナーの前で腕を組んだ。

「でもさ、あれってすごいよね」

「何が」

「知らない人が入ってきた瞬間に、“来てくれてありがとう”って言ってるんだよ?」

「まぁ、接客業だからな」

「私だったら警戒する」

「お前はもう少し社会を信じろ」

 春は真剣な顔で鮭おにぎりを見つめた。

「だって急に知らない人が家入ってきたら、“いらっしゃいませ”じゃ済まないじゃん」

「コンビニと家を同じ防犯レベルで考えるな」

「でもコンビニって、すごい無防備だよ。毎日いろんな人来るのに、全部歓迎してる」

「それが仕事だからな」

「人類って、“歓迎される”とちょっと嬉しくなる生き物なんだねぇ」

「急に壮大になるな」

 春はカゴも持たずに店内を歩き始めた。

 たぶん買う物を決めていない。

 というか、春はだいたい“雰囲気”でコンビニに来る。

「悠」

「ん?」

「もし私が店員だったら、“おかえりなさいませ”って言う」

「コンセプトカフェになるぞ」

「そっちの方が安心しない?」

「しない人もいる」

「じゃあ、“今日も生き延びましたね”」

「重い重い重い」

「“よくここまで辿り着きました”」

「RPGのセーブポイントか」

 春はジュースコーナーの前で立ち止まった。

「でもさ。“いらっしゃいませ”って、ちょっと不思議じゃない?」

「どこが」

「別に“来ます”って言ってないのに、“いらっしゃい”なんだよ?」

「日本語の仕組みに疑問を持つな」

「しかも、“ませ”って丁寧なのに、ちょっと命令っぽい」

「考えたことなかったな……」

「つまり、“いらっしゃってくださいませ”ってことだよね?」

「まぁ、たぶん」

「ってことは、店側は毎回、“来て……お願いだから来て……”って祈ってる可能性ある」

「急に経営のリアルを混ぜるな」

 春は炭酸飲料を一本取った。

「だから私は、“いらっしゃいませ”を聞くと安心するんだよね」

「なんで」

「“ここにいていいですよ”って感じがするから」

 一瞬だけ、春は本当に自然な顔でそう言った。

 でも次の瞬間には、

「あと単純に、あんな大声で歓迎されたらちょっと面白いし」

「結局そこか」

「家帰ってもやろうかな」

「何を」

 春がレジに炭酸を置く。

 店員が明るく言った。

「いらっしゃいませ!」

 すると春は負けじと、

「こちらこそ!!」

 と、満面の笑みで返した。

「戦うな」

 店員のお兄さんがちょっと笑っていた。

 春はレジ袋を受け取ると、満足そうに店を出る。

 夕方の風が、少しだけ涼しかった。

「悠」

「なんだよ」

「世界って、“いらっしゃいませ”が多い方が平和かもね」

「それはあるかもしれない」

「でしょ?」

「でもお前の“こちらこそ!!”は違う」

「挨拶は勢いだよ」

「会話をスポーツにするな」

 春は笑いながら炭酸を掲げた。

 まるで優勝トロフィーみたいに。

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